沢田 祐二

沢田祐二会長 この度、社団法人日本照明家協会会長を務めさせていただくことになり、その責任の重さで身の引き締まる思いです。
戦後の混乱から協会を立ち上げ、1956年、東京に舞台照明家協会を結成し、1970年には、日本舞台照明家協会が全国組織として発会され、小川昇氏が初代会長に就任されました。以来松崎國雄氏、大庭三郎氏、相馬清恒氏、吉井澄雄氏、谷川富也氏と6代に亘って高名なる照明家が牽引して、今日の姿を創り上げました。この間の諸先輩方の血のにじむご努力に心からの感謝を捧げます。今、この協会を引き継ぐにあたり、その功績を無にしないように、併せて協会の更なる発展を目指して、微力ながらも精一杯の努力をする所存でございます。何卒宜しくお願い申し上げます。
「先行き不透明な時代」とよく言われます。だから何かをしなければ、と誰もが強く思うでしょうが、私はこれまでの事業を、その事業計画に則って粛々と進めて行きたいと思います。「改革」とか「チェンジ」ではなく、いわゆる「継続」です。
その為にまずは協会の活性化です。協会員の目線に立って、全会員を巻き込む形、特に若い人達には大いに参加してもらい、その渦の中心になってもらいたい。そうすることで、世代を超えて人の和が生まれ、情報交換が行われ、協会がもっともっと身近なものに感じてもらえるようになり、更には照明家としての新しい見方、生き方を感じ取る事ができるのではないでしょうか。私は事業計画を通して、将来に人材を残すためにも若者の参加を大いに期待しつつ、全員参加型の日本照明家協会になってもらいたいのです。照明家が今何を考え、何を必要としているのかを知り、その上で事業計画の内容を精査し、魅力あるプログラムを組むこと、なにか付加価値を付けること、大勢の照明家が参加できる態勢と状況を作ること等、きめ細かく考える必要があります。
また協会は9つの支部からなる全国組織です。この広い日本、地域によってそれぞれ状況が違いますが、日本経済の構造不況によって、特に地方は疲弊しきっています。こうした時、協会はなにができるのだろうか、地域の文化力向上のため、強いては人生を楽しむ劇場のために。地域の活性化を支部の方々と共に進めたいと思います。
さて近年我々は「技術革新」「IT革命」の大波に飲み込まれ、私たちの仕事を取り巻く環境も、仕事の質も量も激変しました。はっきり言って、多くの人達が技術の最先端を追い求める様になりました。その結果、創造と技術、個性表現とハイテク活用、専門性確立と普遍化、伝承と改革、国際化対応、業務環境の整備など課題が山積みです。こうした問題を抱えながら、われわれ照明家は「作り手」の1人として「芸術」と「技術」との狭間を揺れ動きながら、照明家として誇りをもって生きていかなければなりません。
私も会長である以前に、1人の照明家です。皆さんと一緒に現場で汗を流します。そしてお客さんに人生の感動を真に味わってもらえる様に努力しています。では、その為にはどうすればいいのか。照明の仕事を志す皆さんと考えていきたいと思います。